Zanmemo

むき出しのテクノロジーと隠蔽されたテクノロジーについて考えてみる


なんでそういう区分をするのかというと、下の記事を見たからだ。

一ヶ月、Rubyを本気で独学した結果(文系向け) - 30ruby記」を読んでいて、自分のスタンスと似ているところがあるなあと思いつつも、何か違うなあという違和感も同時にあってなかなか面白いなあと思いつつある。それは多分、僕が二年、三年目くらいにプログラミングを仕事にしてきた部分での差異でもあって、その差異が邪魔しているんだろうなと思ったりした。

同意する部分

似ている部分としては、割とプログラミングをやろうとしたきっかけというのが、「あ、これからはプログラミングだな」という、割とそういうざっくりとした思いだったというのがあって、そういう意味では、「これが出来れば、現代社会における一割くらいのモノは理解できるのではないか」みたいな、そういうスタンスだったのは否定は出来ないし、そういうスタンスとして始めた自分としては、全体の違和感というのは、僕にとっては「なるほどな」と思ったりする。

あともう一つとしては、自分は学んだりすると、妙にスレて、斜め上からの視点になったりするけれど、本当はそういう風に構えるのはよくなくて、本当はこれくらい「ああ、凄い……凄いぞ……」と思えるスタンスというのは重要だなあ、と思ったりもする。

違和感の部分

たぶんこの熱量の違いみたいなものは、別にRubyじゃなくてもよく、極端なことを言えば、HSPとか、それこそRPGツクールでもいいと思う部分にある気がしている。これは馬鹿にしているかもしれないけれど、でも僕はRPGツクールは、現状で最も成功したゲームフレームワークだと思っている。そして、RPGツクールで作ったゲームを、少なくともインディーズでお小遣いを稼ぐ程度のものとして出している人たちも知っている。

で、それをテクノロジーと考えるか否かというのは、ぶっちゃけどうでもよい。ただ、「これを使えば、簡単に製品が作れるぜ~」という意味での、「魔法を手にした自分への万能感」と、それを「テクノロジーを学べ、お前ら」という部分での差異というのは、割と違っていて、もちろんある種のTechというのが、気軽にモノを作れる為にあることはあるんだけど、ただ、それを「利用すること」と、「その原理を利用すること」というのは、ぶっちゃげ違う部分にあるよなあ、とかそういうところがモニョる部分かもしれない。