Zanmemo

by esehara

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いい言語が必ずしも好きな言語であるとは限らない


考えてみれば、前提として「いい言語」が「好きな言語」みたいな風潮があるけれども、決してそういうことでない感じもする。

好きな言語

良い言語


一つの仮説としては、良い言語と思わせる部分としては一貫性があるということに尽きると思う。例えばRubyは基本的にはオブジェクト指向を崩そうとしない部分がある。それは同じようなスクリプト言語であるところのPythonと比較すればわかりやすい。Pythonの場合、どうしても突貫的なオブジェクト指向という側面は避けられない。


場合によっては、一貫性があることと簡潔であるかということはまた別問題のような気がする。本来、一貫性があるということは、ルールができるだけ一意に決まるため、簡潔になる側面がある筈なのだが、どうもそうではない部分も多い気がする。


Random Pickup

本当の意味でのプログラミング初心者がつまづきやすいところってなんだろう


代表的なやつだと、次のようになるかもしれない。

みたいな、それこそ当たり前の前提になっているところから説明したほうがいい可能性が高い。あたかもそれって馬鹿にしているかもしれないけれど、そういうことのほうが大切な気がする。


架空のことわざ 『三分で出来るインスタントも、お湯から沸かせば十分になる』

「俺の塩」を食べていたら、そういう気分になったので、ここにメモしておく。アメリカの若者に流行っている言い回しとするか。あえて、このことわざが言わんとする意味も書き記すと、「確かに実際の作業時間はごく一部かもしれないが、準備時間も含めれば大変な時間になる」ということの言い回しである。


プレビューナイトやってみたい


この「Zanmemo」にも、形だけのMarkdownプレビューをつけてみたのだが、意外と「なんか変だな」って思ったりもする。


プレビューの表示の仕方には、こういった両者を並列するタイプと、タブで切り替えるタイプがある。どっちがいいかは難しい。

確かに、リアルタイムで平行しながら、文字を打てるというのはとてもありがたい一方で、しかしこういうメモを書く人なんて言うのは、既に頭の中でMarkdownの記法を組み立てていて、だとするとDomのrenderが結構重い問題とかを考えると、そもそもプレビューなんて並列されてもうざったくて仕方ないので、自信のないところだけプレビューすればいいじゃんというのは、割と正当なことだと思う。他の人がどう考えているのか、割と知りたい感じだ。


つらいときに言いたい言葉を選ぶ

みたいに言うのも、自分に非が無いような口ぶりになるし、だからといって

といっちゃうと、自分は本当はダメになる気がするし、今頑張っていることに関して嘘をついていて真摯ではない気がするので(こういうところで変に生真面目になったりする……)、中間点として「生きるのが難しい」という言葉を選ぶようになった。


Qiitaでgemが公開されたときに修正した話


Qiitaでとあるgemが公開されたときに、ソースを一読して、ちょっとアイデアがあったのでPull Requestするために改造をしていたら、割とエラーハンドリングが上手くいっていない感じだったので、その辺を整えてPull Requestした。

もちろん、エラーハンドリング自体をちゃんとやる必要は多くの場合あるのだけれど、そもそもそのパッケージのアイデア自体が刺さるかどうかというのがわからないといけない。

そういう意味では「とりあえず作ってみてアイデアが刺さるかどうか調べる→アイデアが刺さった上で、周辺のパッケージのエラーハンドリング等の完成度を高める」というような動きというのは、案外いいのではないかと思ったりした。


いい言語が必ずしも好きな言語であるとは限らない


考えてみれば、前提として「いい言語」が「好きな言語」みたいな風潮があるけれども、決してそういうことでない感じもする。

好きな言語

良い言語


一つの仮説としては、良い言語と思わせる部分としては一貫性があるということに尽きると思う。例えばRubyは基本的にはオブジェクト指向を崩そうとしない部分がある。それは同じようなスクリプト言語であるところのPythonと比較すればわかりやすい。Pythonの場合、どうしても突貫的なオブジェクト指向という側面は避けられない。


場合によっては、一貫性があることと簡潔であるかということはまた別問題のような気がする。本来、一貫性があるということは、ルールができるだけ一意に決まるため、簡潔になる側面がある筈なのだが、どうもそうではない部分も多い気がする。