Zanmemo

by esehara

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いい言語が必ずしも好きな言語であるとは限らない


考えてみれば、前提として「いい言語」が「好きな言語」みたいな風潮があるけれども、決してそういうことでない感じもする。

好きな言語

良い言語


一つの仮説としては、良い言語と思わせる部分としては一貫性があるということに尽きると思う。例えばRubyは基本的にはオブジェクト指向を崩そうとしない部分がある。それは同じようなスクリプト言語であるところのPythonと比較すればわかりやすい。Pythonの場合、どうしても突貫的なオブジェクト指向という側面は避けられない。


場合によっては、一貫性があることと簡潔であるかということはまた別問題のような気がする。本来、一貫性があるということは、ルールができるだけ一意に決まるため、簡潔になる側面がある筈なのだが、どうもそうではない部分も多い気がする。


Random Pickup

つらいときに言いたい言葉を選ぶ

みたいに言うのも、自分に非が無いような口ぶりになるし、だからといって

といっちゃうと、自分は本当はダメになる気がするし、今頑張っていることに関して嘘をついていて真摯ではない気がするので(こういうところで変に生真面目になったりする……)、中間点として「生きるのが難しい」という言葉を選ぶようになった。


必要にならないと、スキルを磨かないという話について

Rails 4 が CoffeeScriptを採用しているため、なんとなーく食わず嫌いしていたCoffeeScriptを書いていたりする。

こういうのを考えると、人間は必要なときにしかスキルを磨かないというのを実感しつつあり、laisoが就活日記の中で書いていた以下の文章が実感として身に染みるのであった。納豆を始めて食べた人も、きっと似たようなものだったと思う。

「死亡リスクが高まるとプログラミングが身に付く」


未来予測について

1999年に発行されたと思わしき本である『ユーザビリティエンジニアリング言論』を読んでいて、面白いなと思ったのは、その中に「将来的にはコンピューターはこういう風になるだろう」と予言した部分だ。そこには、プログラミング言語は「ビジュアル言語」になると言われているけれど、そういう風にはならなかった。

未来予測を振り返るのが好きなのは、自分が重箱の隅をいじりたくなるような、「いじわるな性格」であることを認めつつも、ある部分において、僕達がこうなるだろうという「直感性」の問題と、実際に必要であったもののズレを如実に感じるからだ。「ビジュアル言語になる」という部分にしても、恐らく直感的にはそうなるのが面白いんだろうなと思うのだけれど、しかし、プログラムを組むということと、図形を描くということには、確かなズレがある。

例えば当時の「ヴァーチャルリアリティ」の本を見て、例えばチャットアプリにおける仮想空間であったりとか、あるいはヴァーチャル美術館とか、そういうアイデアが沢山出てきていて、そういう「身体性」が重視されるだろう、と言われていたけれど、現状として支配し続けているのは、どちらかといえば「テキストベース」な、もう少し言うと「身体」とは別の離れたものであることは間違いない。

そのズレはとても面白くて、今でも自分の課題の一部である。

蛇足

ちょっとだけ補足すると、"Oculus Rift"は割と身体性というか「拡張現実」に近いものではないか、とは思えるんだけど、では実際のところどうなのか、みたいなところに関しては自信が無い感じだ。


いい言語が必ずしも好きな言語であるとは限らない


考えてみれば、前提として「いい言語」が「好きな言語」みたいな風潮があるけれども、決してそういうことでない感じもする。

好きな言語

良い言語


一つの仮説としては、良い言語と思わせる部分としては一貫性があるということに尽きると思う。例えばRubyは基本的にはオブジェクト指向を崩そうとしない部分がある。それは同じようなスクリプト言語であるところのPythonと比較すればわかりやすい。Pythonの場合、どうしても突貫的なオブジェクト指向という側面は避けられない。


場合によっては、一貫性があることと簡潔であるかということはまた別問題のような気がする。本来、一貫性があるということは、ルールができるだけ一意に決まるため、簡潔になる側面がある筈なのだが、どうもそうではない部分も多い気がする。


受動的攻撃性

この言葉を知ったのは割と前なんだけど、自分に当てはまるので、あまりにもドキッとしてしまい、以降結構気をつけている。Wikipediaの項目を見ると下のような感じである。

いやなこと、やりたくないことに対して、「いやだ」「やりたくない」と言うかわりに、わざとゆっくりやったり、忘れたふりをしたり、いわば後ろに引くことで反抗する。不機嫌な気持ちになると受け身的なやりかたで攻撃感情を表現し、あてつけや抵抗を示すために、対人関係に広く支障をきたしてしまう


自己診断的に

要するにはっきりと「否定」とか「嫌悪」を表明するのが苦手で、それ故に、それを「曲がりくねった形」で表明してしまう。


プレビューナイトやってみたい


この「Zanmemo」にも、形だけのMarkdownプレビューをつけてみたのだが、意外と「なんか変だな」って思ったりもする。


プレビューの表示の仕方には、こういった両者を並列するタイプと、タブで切り替えるタイプがある。どっちがいいかは難しい。

確かに、リアルタイムで平行しながら、文字を打てるというのはとてもありがたい一方で、しかしこういうメモを書く人なんて言うのは、既に頭の中でMarkdownの記法を組み立てていて、だとするとDomのrenderが結構重い問題とかを考えると、そもそもプレビューなんて並列されてもうざったくて仕方ないので、自信のないところだけプレビューすればいいじゃんというのは、割と正当なことだと思う。他の人がどう考えているのか、割と知りたい感じだ。